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福岡地方裁判所 昭和29年(行)2号 判決

原告 倉谷秀雄

被告 福岡国税局長

訴訟代理人 今井文雄 外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

被告が原告に対し昭和二十八年十一月二十六日なした原告の昭和二十七年度分所得税審査決定はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。との判決をもとめる。

第二、請求の原因

(一)  被告は昭和二十八年十一月二十六日原告の昭和二十七年度分の所得税について、

総所得金額   二六〇、二〇〇(単位円、以下同じ)

生命保険料控除   二、四六〇

扶養親族控除   九〇、〇〇〇

基礎控除     五〇、〇〇〇

課税総所得金額 一一七、七〇〇

算出税額     二五、〇〇〇

過少申告加算税額  一、二五〇

と審査決定した。

(二)  しかし、昭和二十七年度における原告の総所得は、(イ)日傭稼賃金一五、四三〇円、(ロ)下宿利益二二、〇〇〇円及び(ハ)貸金利息四九、九〇〇円の合計八七、三三〇円にすぎない。而して、右(ハ)貸金利息の内訳はつぎのとおりである。

借主

元本貸付

同回収額

年間利息

同収入額

摘要

1大神賀広

2鎌田正夫

3大隈清嗣

4横溝嘉助

5高地与八

6松井藤七

7今任仙次郎

8有吉磯五郎

9永岡正

六〇、〇〇〇

五七、五〇〇

八四、六七六

三五、〇〇〇

一二、七五〇

三〇、〇〇〇

五〇、〇〇〇

四、〇〇〇

一、六〇〇

二三、五五〇

三五、〇〇〇

六、〇〇〇

五〇、〇〇〇

四、〇〇〇

一、六〇〇

二四、〇〇〇

三〇、四八三

五、〇〇〇

九、〇〇〇

九、〇〇〇

一二、五〇〇

一、〇〇〇

四〇〇

一六、〇〇〇

五、〇〇〇

五、〇〇〇

一〇、〇〇〇

一二、五〇〇

一、〇〇〇

四〇〇

利息は月五分

の約であるが

本年分は免除

した。

利息は月二千

円の約

利息は月三分

の約

利息は月五分

の約であるが

右五、〇〇〇

を除きその余

は免除した

(三)従つて右総所得金額から所定の基礎控除及び扶養親族控除をすると課税の対象となるべき総所得を生じないこと明かである。してみれば、右審査決定は課税の対象となるべき所得がないのにも拘らずなされた違法なものであるのでこれが取消をもとめる。

第三、被告の答弁及び主張

(一)  主文と同旨の判決をもとめる。

(二)  原告主張の前掲(一)の事実は認める。

(三)  原告の昭和二十七年度における総所得は、被告が前示審査決定において認定した二六〇、二〇〇円を上廻る二七二、五八一円である。すなわち、右年度における原告の所得は、

(イ)  事業所得 二五七、一五一

(1)  金融業  二三五、一五一

(2)  サービス業 二二、〇〇〇

(ロ)  給与所得  一五、四三〇

である。いまこれを詳にすれば、右(ロ)は原告主張のとおり(前掲(二)の(イ))日傭による収入であつてその額につき争なく、又、右(イ)(2) は原告主張のとおり(前掲(二)の(ロ))下宿による収益であつて、その額についてもまた争はない。つぎに争ある右(イ)の(1) の貸金による所得についていえば貸金による所得は原告主張のようにその年度内において現実に収得した利息額ではなく、現実に収得したか否かを問わずその年度内において収得すべく金額の確定した利息の総額である。ところで右貸金による所椙につき被告は左に掲げるものは直接的認定の方法によつたが、その余は後記(四)において述べる理由により、同所において詳述するいわゆる間接的認定の方法(推計計算)によつて、前段主張のとおりの額を認定した。直接的認定の方法により明らかとなつたものはつぎのとおりである。

借主

年初貸付元本

年間発生利息

1大神賀広

2鎌田正夫

3大隈清嗣

4横溝嘉助

5高地与八

6松井藤七

7今任仙次郎

8有吉磯五郎

9永岡正

六〇、〇〇〇

五七、五〇〇

八四、六七六

三五、〇〇〇

一二、七五〇

三〇、〇〇〇

五〇、〇〇〇

四、〇〇〇

一、六〇〇

二四、〇〇〇

三〇、四八三

五、〇〇〇

九、〇〇〇

九、〇〇〇

一二、五〇〇

二、七五〇

四〇〇

(四)  ところで所得金額の認定にあたつては、個々の事例について収入金額及び支出金額を明細に調査しこれを集計して算出するのが最も理想的であることはいうまでもない。しかし、このためには納税者の税務行政に対する完全な協力が必要であるが、現状においてこれを期待することは困難であるので税務官庁は所得の認定について右のような直接的認定方法のほかに、納税義務者の財産の価額若しくは債務の金額の増減、収入若しくは支出の状況又は事業の規模により所得の金額又は損失の額を推計してする所得金額の算出の方法いわゆる間接的認定方法によらざるを得ず右は所得税法上認められたところ(同改正前の同法第四十六条ノ二第三項、現行所得税法第四十五条第三項)である。

今これを本件についてみるに、原告は本件係争年度である昭和二十七年において貸金業、下宿業を営むと共に日傭稼をしていた者であるがその収支関係の全体を明らかにする帳簿記録は完備せず、貸金台帳及び金銭出納簿は存するがその記載内容は到底完全なものとは認められない。しかも、原告の営む貸金業は所謂信用貸であつてその貸借関係は専ら当事者の信頼関係によるものであるので原告備付の貸金台帳に記載してない貸金が相当あることは認められるがたやすくその全貌を明らかにすることができず、又借主が判明しても貸付金額、利息等を正確にのべない。かような事情の下においては原告の所得を原告備付の帳簿と被告の行つた事実調査を基礎とする直接的認定方法のみで認定することは、到底真実の所得を把握するものではないので、被告は直接的認定の方法による一方更に次のような間接的認定方法によつて原告の所得を推計々算し、その結果を綜合的に考察したうえ、合理的と思われる前記所得額を認定したのである。

(イ)  資産増減による所得計算方法

これは当該年度における期首と期末の資産及び負債を比較しその純資産の増加金額に、生計費、公租公課、保険料等の消費金額を加算したものを所得とする次の算式による方法である。

(期末資産-期首資産)-(期末負債-期首負債)+消費金額=所得

そこでこれを本件について計算するに、その要素たるべき数字はつぎのとおりである。

(1) 資産

種類

期首現在

期末現在

差引増減

(△は減を示す)

(イ)現金

(ロ)預金

(ハ)家屋

(ニ)ミシン

(ホ)貸付金

(ヘ)未収利息

一一、五〇〇

六四〇、〇〇〇

三三五、五二六

一、九三〇

五四、〇〇〇

六三六、三二八

三〇、〇〇〇

二一五、三七六

△九、五七〇

五四、〇〇〇

△三、六七二

三〇、〇〇〇

△一二〇、〇〇〇

四一、四八三

而して右(ホ)及び(ヘ)の内容はつぎのとおりである。

(ホ)貸付金

氏名

期首元金

年間回収額

期末元金

増減額(△は減)

大神

鎌田

大隈

横溝

高地

松井

今任

有吉

永岡

六〇、〇〇〇

五七、五〇〇

八四、六七六

三五、〇〇〇

一二、七五〇

三〇、〇〇〇

五〇、〇〇〇

四、〇〇〇

一、六〇〇

二三、〇〇〇

三五、〇〇〇

六、〇〇〇

五〇、〇〇〇

四、〇〇〇

一、六〇〇

三六、四五〇

五七、五〇〇

八四、六七六

六、七五〇

三〇、〇〇〇

△二三、五五〇

△三五、〇〇〇

△六、〇〇〇

△五〇、〇〇〇

△四、〇〇〇

△一、六〇〇

(ヘ)未収利息

氏名

年間発生利息

年間受取利息

増減額(△は減)

大神

鎌田

大隈

横溝

高地

松井

今任

有吉

永岡

二四、〇〇〇

三〇、四八三

五、〇〇〇

九、〇〇〇

九、〇〇〇

一二、五〇〇

二、七五〇

四〇〇

一六、〇〇〇

五、〇〇〇

五、〇〇〇

一〇、〇〇〇

一二、五〇〇

二、七五〇

四〇〇

八、〇〇〇

三〇、四八三

四、〇〇〇

△一、〇〇〇

但し右未収利息は、資産増減の方法による計算の前提としてはその年度における増減のみが明らかとなればよいので、単にその増減のみを計算したにすぎないものである。

(2)  負債

期首現在における原告の福岡銀行よりの借入金は一八万円であり、期末現在においては一九万円であるので結局一万円の負債の増である。

(3)  消費金額

(イ)  生計費             一七二、一二九

(ロ) 保険料              五八、三四〇

(ハ)  公租公課              五、四〇〇

(ニ)  支払利息             一五、二二一

(ホ)  その他(登記料、弁護士謝礼金等) 三九、四〇〇

計               二九〇、四九〇

以上の数字を前述の数式にあてはめて計算すると原告の推計所得金額は二七万二千五百八十一円となる。

(ロ) 統計上の生計費及びその他の支出の状況による所得計算方法

原告の居住する福岡県早良郡田隈村は福岡市の隣村であつてその生活水準は福岡市と同一程度であり、且つ原告は普通の生活状態にあるものであるが総理府統計局発行の昭和二十七年度の消費実体調査報告によれば福岡市における一人当りの年間平均支出額は四万五千三百九円であり、これにより計算すれば原告の世帯(六人家族)の年間生計費は二十七万千八百五十円となりこれに前述の保険料、公租公課支払利息、その他の支出、預金の増加額及びミシン代金を加えると原告の昭和二十七年度中の総支出金額は少くとも四十七万四千二百十一円となる。右の支出は原告の同年度の所得によつて賄われたものとみるべきであるから、同年度中原告は少くとも右額の所得があつたものというべきである。

(五)  してみれば本件係争年度における原告の所得は被告が本件審査決定において認定した二十六万二百円を上廻るものであるから、右審査決定は何等違法ではない。

第四、被告の主張に対する原告の反駁

(一)  被告主張の前掲(四)記載の事実のうち、原告は貸金業を本業とするものではないので、正式の帳簿記録が不備であることは認める。しかし、原告は被告係官の調査に対し成意を以て事実を答申し且つ参考書類等も保有する限りのものを提示してこれに協力したものであり、なお借主に対しても一切を明瞭にのべる様注意していたのであるから、本件において被告主張のような間接的認定方法によることは全く当を得ない。

(二)  右(四)の(イ)記載の事実のうち

(イ) (1) 資産と題する項中、原告が本件係争年度末において被告主張の額の銀行預金を有すること及び価格三万円相当のミシンを所有することは認める。

(ロ)  右資産の項の貸付金の明細中、期首元金及び年間回収額が被告主張のとおりであることは認める。

(ハ)  右資産の項の未収利息の明細中、有吉の分を除き、年間発生利息及び年間受取利息額が被告主張のとおりであることは認める。

右有吉の年間発生利息及び年間受取利息は共に千円である。

(二) (3) 消費金額と題する項中の被告主張の金額はすべて認める。但し保険料五万八千三百四十円中三万二千五百八十五円は他からの借入により払込んだものである。

〈立証 省略〉

理由

一、原告主張の前掲二の(一)、記載の事実及び同(二)記載の事実のうち、原告の本件係争年度における給与所得(日傭による収入)が一万五千四百三十円であり、又、サービス業による所得(下宿による収益)が二万二千円であることはいずれも当事者間に争がない。従つて、本訴の争点は本件係争年度における原告の金融業による所得額如何に帰するので、以下この点について判断する。

二、右金融業による所得、すなわち貸金による所得が本件係争年度において収得すべく金額の確立した利息の総額であることはいうまでもない。(所得税法第十条第一項)而して、本件係争年度における訴外大神賀広ほか八名の年間発生利息が訴外有吉磯五郎の分を除き被告主張(前掲三の(三))のとおりであることは当事者に争がなく、証人有吉磯五郎の証言によれば、同人が本件係争年度において原告に支払うべき利息は合計千円であつて、右を完済したことが明らかである。被告は同人の年間発生利息は二千七百五十円であると主張するけれども右事実は認められない。

三、ところで成立に争のない乙第六号証の一、二に証人山本達夫の証言を合せ考えると、原告は所轄税務署長の昭和二十七年度所得税賦課処分に対し不服を主張し被告に審査の請求をしたのであるが、その調査に福岡国税局協議団所属の大蔵事務官山本達夫があたつたこと、山本は昭和二十八年八月頃三、四回にわたり原告方に赴いて原告の申立やその提出にかかる書類(貸金台帳、借用証、金銭出納簿等)を検討して調査をすゝめたが、右貸金台帳や金銭出納簿の記載は不正確であり、当然記載さるべきものが記載されていない事例が発見されたり、右の帳簿の一方には記載されているが他方にはこれに対応する記載がないという事例があつたことや判明した借主について調査しようとしても原告に対する顧慮から正確な返答が得られなかつたことや、原告の生活状態からみて貸付金額が僅少であることから原告の申立については疑をもち、結局間接的認定方法により原告の所得を計算したことを認めることができる。右認定の事実と本件口頭弁論の全趣旨とを合せ考えると原告は貸金所得について、税務官庁に対し未だその全貌を明らかにするに足る申告をしておらず且つその主張を基礎付ける確実、合理的な資料を示していないというべきである。もとより原告は故意にその貸所得を避匿しているわけではないであろうし、原告のようないわゆる信用貸を業とする者(このことは証人大神賀広、同横溝嘉助、同大隅清嗣、同井上博之、同有吉磯五郎、同永岡正の各証言に徴し明白である。)にあつては、自分でも判然としないものがあるのであろうことは十分に認められるけれども、右認定よりすれば、原告の貸金所得がその主張する大神外八名の者からのそれ丈であるとは到底考えられず、右以外にもまだ存在することを十分に疑うにたる。而して、借主及び貸借内容の判明した右九名以外の者からの貸金所得が果していくばくであるかは、結局間接的認定方法すなわちいわゆる推計の方法により原告の本件係争年度における総所得を計算して算出するよりほかないわけである。そうして、右推計計算の方法として被告の主張する方法(前掲三の(四))は合理的であるのでこれを採用する。

四、そこで右方法による計算の前提となる数字について、遂次認定する。

(1)  被告主張の(1) 資産と題する項中

(イ)  期首及び期末各現在における原告所有の現金の額が被告主張のとおりであることは原告が明らかに争わず且つ、本件口頭弁論の全趣旨によるもこれを争うものとは認められないので、原告においてこれを自白したものと看做す。

(ロ)  期末現在における預金額が被告主張のとおりであることは当事者間に争がない。

(ハ)  期首及び期末各現在における原告所有の家屋の価格が被告主張のとおりであることは原告が明らかに争わず且つ、本件口頭弁論の趣旨によるもこれを争うものとは認められないので、原告においてこれを自白したものと看做す。

(ニ)  原告が期末現在において被告主張の価格のミシンを所有することは当事者間に争がない。

(ホ)  期首及び期末各現在における貸付金の額が被告主張のとおりであることは当事者間に争がない。

(ヘ)  未収利息の増減を示す被告主張の表のうち、有吉の年間発生利息及び年間受取利息を除いてその余の額が被告主張のとおりであることは当事者間に争がなく、有吉の右が各千円であることは既に前示二、において認定したとおりである。(尤も有吉の分について右のように認定しても未収利息全部の増減の結果には影響しない。

(2)  右(2) 負債と題する項について、

成立に争のない乙第四号証によれば原告の期首及び期末各現在における負債の額が被告主張のとおりであることを認めることができる。

(3)  右(3) 消費金額と題する項中、

(イ)  生計費の額が被告主張のとおりであることは当事者間に争がない。

(ロ)  保険料の額が被告主張のとおりであることは、いずれも成立に争のない乙第二、第三号証によつて明らかである。

原告は右のうち三万二千五百八十五円は他から借入れたと主張するが右事実は認められない。

(ハ)  公租公課及びその他の消費金額が被告主張のとおりであるこことは当事者間に争がない。

そこで右各数字を被告主張の方法の数式にあてはめると、原告の推計々算による総所得額が二十七万二千五百八十一円であることは計数上明らかである。

五、課税処分の対象となる総所得額の認定について税務官庁が出来る限り具体的資料による直接的認定の方法によるべきことはいうまでもない。しかし本件のようにその前提たるべき納税義務者の十分且つ完全な協力が得られない場合には第二次的手段として推計々算による間接的認定方法によることができるものであることは所得税法第四十五条第三項(本件係争年度において施行されていた所得税法第四十六条ノ二第三項)の規定により明らかである。ところでこの間接的認定方法は推計によるものであるから、その方法自体が合理的であるとともに、その基礎となる数字が正確でなければその結果の正当性を保証することができない。ところで、被告の主張する間接的認定の方法が合理的であることは、既に認定したところであり、その基礎となつた数字は前認定及び弁論の全趣旨によつて明らかなように、殆すべて原告の主張をもとにするものであることが明らかであるから、右結果はよし原告の真実の総所得額には合致しないとしても、それが原告により立証されるまでは、一応正確且つ正当に原告の総所得額を示すものといわなくてはならない。従つて、右二十七万二千五百八十一円から、当事者間に争のないサービス業による事業所得二万二千円及び給与所得一万五千四百三十円を控除した二十三万五千百五十一円は、原告が貸金業により取得し又は取得すべかりし所得であると認められる。

六、してみれば原告の総所得額を二十六万二百円と認定し、これから所定の控除をして課税総所得金額を十一万七千七百円と定め、所得税額を二万五千円、過少申告加算税を千二百五十円と定めた被告の本件審査決定はまことに正当であつて違法のかどはないから、これが取消をもとめる原告の請求は理由がない。よつてこれを棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用のうえ主文のとおり判決する。

(裁判官 亀川清 平田勝雅 川上泉)

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